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千葉地方裁判所 昭和28年(行)4号 判決

原告 団野まん

被告 国 外一名

主文

農林省が昭和二十四年三月二日市川市須和田字弁財天二六三番ノ四、宅地五三坪五合につき、同年七月二日同所二六三番ノ五、宅地四坪二合五勺につき、被告大塚辰男の為にした売渡処分が無効であることを確認する。

原告が右宅地二筆の所有権を有することを確認する。

被告大塚辰男は原告に対し、千葉地方法務局市川出張所が被告大塚辰男の為昭和二十五年七月一日受付第三三九号を以て前記宅地五三坪五合(登記番号第六八八号)及び前記宅地四坪二合五勺(登記番号第六八九号)について為した所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その原因として、

一、主文表示の宅地は原告所有の市川市須和田字弁財天二六三番ノ三所在宅地一二九坪の一部であつて、被告国の行政機関たる農林省は主文記載の日その記載の宅地を被告大塚辰男に対し自作農創設特別措置法第二九条に基き売渡処分をなし、被告大塚辰男は前同記載の日前同記載の出張所に於て前同記載の宅地につき各所有権取得の登記手続を受けた。

二、然し右農林省のした売渡処分の対象である右宅地は昭和十一年九月二十一日以降原告の所有に属し、而も原告はその後右宅地について買収処分を受けたことがなく引続きその所有権を享有しているものであるから、右宅地について農林省のした売渡処分はその効力を生ぜず、従て被告大塚は右処分によつてその所有権を取得する筈がない。されば被告大塚が右の登記によつて登記簿上所有名義人となつてもその所有権者となる理由はない。よつて本訴請求に及ぶ次第である、と主張し、

被告国の主張に対し、原告は団野忠七郎の妻であることは認める(大正九年二月四日婚姻届をした)。しかし本件宅地は昭和十一年九月二十一日売買により原告名義に所有権移転登記がなされたのであつて、新民法七六二条一項同法附則四条本文民法の応急的措置に関する法律五条二項に明にされているように昭和二十二年五月三日以降は原告が婚姻中自己の名で得た財産として、その特有財産であり、なんびとも(夫または第三者を含む)本件宅地が原告の所有であることを争うことはできないから、これを夫の所有であるとしてなした買収は無効である。と述べた。

(立証省略)

被告国訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、

市川市須和田字弁財天二六三番の三宅地一二九坪が登記簿上原告の所有名義となつていたことは認める。

昭和二十三年九月一日被告大塚辰男から本件土地を含む宅地六八坪に対し、自創法一五条による買収方申請が市川市農地委員会に提出されたので、同委員会は昭和二十三年十二月十五日に買収計画を樹立した。その買収計画は土地所有者を団野忠七郎(原告の夫)であるとしてしたのである。その計画に対しては団野忠七郎から異議、訴願がなくて確定した。本件土地の登記名義人は原告であるが、真実の所有者は原告の夫団野忠七郎であるから、買収計画には違法がなく、買収は無効ではないから原告の請求は失当である。と述べた。

(立証省略)

被告大塚訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁及び甲号各証の認否は被告国の答弁及び認否と同じである、と述べた。

理由

原告が団野忠七郎の妻であること(大正九年二月四日婚姻届をした)本件土地を含む宅地一二九坪は昭和十一年九月二十一日売買により原告名義に所有権移転登記がなされ原告の所有名義となつたことは当事者間に争がなく、昭和二十三年九月一日被告大塚辰男から自創法一五条による買収の申請があり、市川市農地委員会が昭和二十三年十二月十五日土地所有権者を団野忠七郎(原告の夫)として買収計画を樹立したことは原告の明に争わないところである。然らば本件土地は、新民法七六二条一項同法附則四条本文民法の応急的措置に関する法律五条二項により昭和二十二年五月三日以降は原告が婚姻中自己の名で得た財産として、その特有財産である。

憲法一四条一項は、すべて国民は、法の下に平等であつて、性別により、差別されない、と定め、憲法二四条は、婚姻は、夫婦が同等の権利を有することを基本として、維持されなければならない、と定め、また、財産権に関しては、法律は、両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない、と定めた。

この憲法の規定を受け、それに拘束された民法の規定は、夫婦財産制について憲法の求めたものを表現しなければならない。夫が社会的に活動して収入を得るについては、妻がこれに直接に協力しないとしても内にあつて家事(または家事と育児)を処理しているということが必要である。収入がすべて夫の所有に帰するとすれば、妻の協力が財産の帰属に現われないことになる。妻が直接に夫の活動に協力している場合は尚更である。従つて、夫の収入は夫の名前で得た財産として、夫だけの特有財産となると考えることは許されない。

それならば、夫婦いずれに属するか明らかでない財産として夫婦の共有と推定されるか。これは夫婦の協力によつて得た財産として、その取得の当初から夫婦に五分五分に分割さるべき共有財産である。

夫の活動による収入が夫婦の間に五分五分に分割さるべき財産であることについては、民法は離婚の場合に妻に財産分与請求権を与えて(七六八条)、これを明らかにしている。しかし、このことは離婚の場合になつて始めて実現される事柄ではなく、婚姻中に、しかも財産を得た当初から実現さるべき事柄である(民法七六二条一項による例外については後述する)。財産分与という言葉は誤りであつて、財産分割といわなければならないのである。

しかし、夫名義の、または妻名義の土地、家屋はその名義人の特有財産である。これらの土地、家屋などから得られる収入もその名義人の特有財産である。

旧民法八〇七条は、一項に、「妻ガ婚姻中自己ノ名ニ於テ得タル財産ハ其特有財産トス。」と定め、二項に、「夫婦ノ孰レニ属スルカ分明ナラザル財産ハ夫ノ財産ト推定ス。」と定めた。

旧法では、妻は財産を持つていないのが普通だから、財産は大部分が、「夫の財産」であり、それに対してたまたま例外的に、「妻の特有財産」がありえたわけである。

新法は夫婦を同権として、この規定を改めた。そこで、七六二条は、一項に、「夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。」と定め、二項に、「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。」と定めたのである。

このように、「特有財産」とは、旧法に妻の特有財産を認めたところから来たのであつて、例外である。新法は旧法における妻の特有財産の規定を改めるときに、夫または妻の特有財産を例外として認めたのである。すなわち、新法は、原則として夫婦共有財産制をとつているのであつて、例外として特有財産を認めたのである。

これは前記のとおり、法の下に平等を定めた憲法一四条、また夫婦の同等の権利を定めた憲法二四条の命ずるところである。

このようにして、夫名義の、または妻名義の土地、家屋はその名義人の特有財産である。なんびとも(すなわち、夫婦の一方の相手方も、また第三者も、行政庁も、国も、)夫名義の、また妻名義の土地、家屋がその特有財産であることを争うことは許されない。それは憲法一四条または二四条の命ずるところを争うことになるからである。

しかるに、本件において、被告国の主張する買収計画は妻の特有財産である妻名義の土地を憲法一四条また二四条にさからつて、実質的には夫の特有財産であるとして、なしたものである。従つてこの計画は憲法一四条また二四条に違反して無効である。憲法一四条、二四条にもとずいた民法七六二条一項、同法附則四条一項、民法の応急的措置に関する法律五条二項の解釈を誤つたものである。

以上の理由により本件土地の所有権は依然原告にある。

従つて農林省が被告大塚にした売渡処分は無効であり、被告大塚に対しなされた所有権取得登記は同被告において抹消しなければならない。

よつて本訴請求を正当として認容し、訴訟費用につき民訴八九条九三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 高根義三郎 山崎宏八 浜田正義)

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